2011年08月14日

気になる言葉

私の好きな言葉に、「必要、必然、ベストになる」というモノがあります。

この言葉は、経営コンサルタントの船井幸雄氏の言葉で、宇宙で起こることは、すべて「必要、必然、ベストになる」ようにサムシング・グレートは宇宙をつくっているはずだ、という意味です。

今回の大震災で多くの犠牲者、そして生き残った人たちも大変な試練を抱かされています。でも、これからを生きて行く上で、前向きに考え行動しないと、なにも始まりません。

その為には、起きた事象を天から定めとして、より良い地域づくり、自己改革へのキッカケにすると考え、この先のあるべき方向性、姿をイメージして、一人一人が行動をおこす必要があります。そして、それをみんなで協働し、ネットワークを図って行わなければいけないと思います。

震災された方々を供養しながら、一方で前進するしかありません。私の故郷、会津も風評被害、さらに7月末の豪雨による被害、これをみんなの知恵、力を合わせて対応してゆくしかありません。その知恵は、先人の智慧と新しい知恵・技術の融合、それに自然の力だと思います。

自然の力は、我々にとって、今回のように脅威にもなりますが、力強い味方にもなります。よく熟慮しましょう。皆で新しい創造を考えなければなりませんね。その創造は難しいです。

でも日々考えながら、一歩一歩小さな前進する。その中で、小さな種(ヒント)を見つけ、それを育てていくだけです。沢山の小さな種を見つけることです。

それには、毎日、当たり前なことを、バカみたいに、ちゃんとやり続けることです。昨日より今日、今日より明日と、毎日改善の余地を見つけていくだけですね。

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2011年03月09日

「こころ」と「かたち」

日経の先週土曜日夕刊に「誰も教えてくれない男の礼儀作法」小笠原敬承斎著、光文社新書の広告がありました。

礼儀作法について興味があったので、本日購入して読んでみました。小笠原流礼法については礼法のめんどくさい決まりがあるんだな、くらいの知識を持っていたが、その由来は知らなかったですね。

室町時代、足利三代将軍義満の命で、今川氏、伊勢氏とともに、武士の一般教養を目指して、「三議一統(さんぎいつとう)」の編纂が行われ、これが今日の小笠原流礼法の基礎になっているようです。

実際には、約700年前に確立された、この武家の礼法である「男の礼儀作法」は門外不出のもので、先代の宗家から漸く、少しずつ伝え始めたみたいで、この本で、一般の方にも初めて公開されたようですね。

この本の中で、上記の「こころ」と「かたち」が礼法でも重要だと認識できました。「かたち」はいつも流動的で、柔軟なもの、で、特に大事なのは”相手を思う「こころ」だ、と言うことです。

いつの時代においても、相手を大切に思う「こころ」が存在することに変わりなく、「かたち」は時間・場所・状況に応じて流動的に、臨機応変に、柔軟に対応すべきである、と著者(現宗家)は説いています。

すべての作法の根底に流れている前提は「こころ」です。「こころ」があって、「かたち」がなされますね。正にサービスの基本ですね。

つまり、人と人との温かいコミュニケーションを大切にし、マニュアル等による行動・行為は2の次だ、と言うことですかね。いつの時代も人の温かい心が一番だと、再認識させられました。
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2011年02月16日

本音(自分の思い)で生きる時代

我が実家の宗派である浄土真宗の創始者、親鸞さまの言葉に

 「一枚剥けば欲の皮、二枚剥けば嘘の皮」

というのがあります。人間みな虚栄心、劣等感、放漫な心などを内面に持ち、現実の世界との葛藤をしています。それは煩悩、つまり欲望にとらわれた「厭な自分」を見つめていることですね。

小さい時の素直な、自分の思い通りに行きたい(最近の子供はもっと現実的になっていますが)、そんな心を持っていましたが、大人になるつれて、だんだんと自分の本心に鎧を被せていき、何重もの鎧に覆われています。それが親鸞さまの言葉の意味ですね。

特に、20世紀の物事の考え方は、”形から入って、そこに魂(こころ)を入れる”モノでした。たとえば、建物を作る場合、箱を作ってから、それから中のものを考え、取り入れていく、あるいは、企画を考える場合、戦略的なフレームワーク(枠組み)を考えて、そこに中身を入れていく。

私の20年以上くのビジネスパーソン時代も、自分の思いというより、会社の思いを優先し、当時のCM”24時間働けますか?”の会社にんげんでしたね。周りの人たちも、同じ思考で、みんなで一直線でした。自分の生き方で生きる人生は、異端児と思われていましたね。

でも、これからの時代、自分の思いで生きていかないと、難しい時代だと思います。既成の概念が通用しなくなっている、つまり、皆が一緒の考え方、行動がやや異端児とみられるようになるような気がします。

自分の個性を生かした、そんな生き方を考える必要があります。一方では、マスコミ等を利用して、一律な考え方(自分で考えない)を強要して、既得権者たちの捨て駒にしようと企んでます。IT社会のメリットとデメリットです。自分の思いを発信でき、共感によるネットワークと過剰な情報発信による”偽情報も百回聞けば、正情報になる”ですね。

これから時代、まず自分の思いを明確にして、それから自分の人生を考え、行動することですね。そして、日々、喜び、楽しめることで、余計な煩悩、欲望を持たないようにすべきです。

それには、開かれた思考(自分にできることを考える、Could,Can)、開かれた心(〜すべきという内なる声に傾ける、Should)、開かれた意志(からしようとする意志、Would,Will)を考えるとよいと思いますね。

中身から入って、成長させ、それに合った鎧(形)を作っていくのです。
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2010年07月17日

暖かく、優しい、柔らかな心

タオ(老子)は、”優しい柔らかな心(光)が最も強い力”だと説いていますが、この力こそ、宇宙のエネルギーと一体化したものだと、私は思いますね。

自然と一体化した意識(自然:じねん)、つまり、すべてに生命が宿している、そして、それらに見守られ、助けられている、そのような意識を持つことで、すべてに対しての感謝の心を持つようになる。

そして、暖かく、優しい、柔らかな心を自分の中に宿し、宇宙と一体感が生まれる。これが”何ものにも負けない強い心(不動心)”になるような気がします。ぜひ、感謝の心を持ち続けたいですね。

タオ(加島祥造著、筑摩書房刊)より

第36章 優しい柔らかな光

道(タオ)というのは、
とても微妙な働きのものだ。
しかし、よく見れば、明快なんだ。
世の中はどんなふうに動いていくかが、
見えてくる。

勢いづいているものは、
それをさらに勢いづかせると、
早く萎(しぼ)むことになる。
強大な権力には、
もっと強い力を持たせると、
いっぺんに崩れ去る。

流行しているものは、もっと流行(はや)らせれば、
たちまち消えてしまう。だから、もし
奪いとりたいものがあったら、それに
まずたっぷり与えることさ。

柔らかなものが、
固いものに勝ったり
弱いものが
強いものに勝ったりするのも、
みんなこの微妙な働きからくるのさ。
それは優しい柔らか光なんだよ
どんな強い力よりも勝るもの
魚が深い淵にいる時、
静かに生きて動いている
あの動きなんだよ。
あの光なんだよ。

ぎらぎらした武器をみせつけて、
脅したり強がったりしたって、
長つづきはしないんだ。


いかがでしょう? タオは説いています。 どんな時代でも、強い力での支配は長続きしませんね。 今のアメリカです。もう、経済的にも、軍事力でも衰退が始まっていますね。歴史を見れば、わかります。ローマ帝国、オスマントルコ、、

また、世の中の動きの真理を説いてますね。
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2010年07月05日

「いろは歌」

「いろは歌」をご存知ですか?

多分、多くの人は「いろは歌」を知らないと思います。これは、空海の作で、いろは47文字を1字も重複していないのが特徴ですね。

色(いろ)はにほへど 散(ち)りぬるを
我(わ)が世(よ)誰(たれ)ぞ 常(つね)ならむ
有為(うい)の奥山(おくやま) 今日(けふ)越(こ)えて
浅(あさ)き夢(ゆめ)見(み)じ 酔(え)ひもせず

また、これが、「涅槃経(ねはんきょう)」というお経の言葉から引用され、深い仏教思想が盛り込まれています。ぜひ覚えて、今の子供たちに教えて行きたいものですね。

この原典は、

諸行無常(しょぎょうむじょう) 是正滅法(ぜしょうめっぽう)
消滅滅己(しょうめつめつい) 寂滅為楽(じゅくめついらく)

という漢字文で、これを日本語に訳したものが「いろは歌」です。

意味は、「春になって、におい豊かに美しく咲いている花もやがて散って行く。人間もまた、いつまでも若いつもりでいてはいけない。知らね間に年をとってしまい、ついに死なねばならない。もちろん、人間だけでなく、全ての生き物の定めです。この世に出て来た全てのものは必ず滅びなければならない。

これが自然の道理です。それを悲しみ嘆くことはない。人間をはじめ、すべての物は因縁により新陳代謝を繰り返しているだけです。この永遠不滅の真理に気が付けば、はかない生命を嘆いたり、浅ましい夢をみて物事にこだわることはない。煩悩の迷いの酒に酔ったりすることもなく、いつも明るい心で永遠に生き抜くという安心した信念を持つことができます。」

「いろは歌」は、このように深遠な宇宙の真理を説いていますね。

この「いろは歌」から、最近、WOWOWで観た映画「ZEN(禅)」の中で使われている道元の詩歌を連想させますね。

春は花
夏はほととぎす
秋は月
冬雪冴えて、冷しかりけり

この詩歌は、道元(曹洞宗の開祖、永平寺、750年前に開山する)の悟りを得ての作で、色彩鮮やかなものを感じますね。空海の「いろは歌」そして、この道元の詩歌は、ともに、自然(自分に起こる事や周りの変化など)をありのままを受け入れて、人生を生き抜くことを説いていますね。

この「いろは歌」を、自分の人生の指針に、そして、若い人たちに教えていきたいものです。また、映画「ZEN(禅)」もぜひ観てもらいたいですね。仏教(禅宗)というものが分かりますよ。

(出典:"空海!感動の人生学"大栗 道栄著、中経の文庫より)
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2010年07月04日

背中が語る

儒教では、"人間は面より背の方が大事だ"と言います。

儒教の"儒"は、思想とか学問が単なる知識や趣味に止まらずに、身につく、体になる(体と渾然一体になる)、という意味ですね。

孟子は、"面に見(あらわ)れ、背にあふる(現れる)"と説いています。つまり、孟子はその人の学問が深くなり、一流のものになれば、その人の性命(渾然一体の風格が出る)になる、ということです。まあ、背中から"オーラ"を発するようになることですかね。

徳や力というものは先ず面(表)に現れるが、次ぎにそれが背中、つまり後姿に出て来てこそ本物になったと言えます。後光が射すと言いますが、前光より後光ですね。

それ故、人を観るときは、前より後から観るのが良いと、儒教では説いていますね。前はつくろうことが出来ますが、後はごまかすことは出来ません。

後姿の寂しいというのは何よりも良くありませんね。私も、会社を辞めて、道(志)を探し求めていた際、娘にこの言葉を言われましたね。ショックでした。いつも、自信を持って行動していましたからね。

また、会社時代、東京日比谷の国際ビル(帝国劇場が入っています)の地下の駐車場に行く際、エレベーターで帝国劇場の出演者とよく一緒になりましたが、確かに、一流の俳優さんは違いますね。オーラが凄いです。こちらが狭いエレベーターの中で、怯みますね。

特に、すごいなあ、と思った人は、森光子さん、北大路欣也さんなどですね。
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2010年07月03日

人生は螺旋階段

最近、自分の人生を振り返ってみて、螺旋階段を思い描きますね。

自分の考えに基づく行動は、紐の先におもりを縛り付けて、ぐるぐる回している、中心は自分の行動原理?で固めているようなもので、少しでも、その行動原理?が緩むと(自信喪失、我を忘れる、、)、おもりと紐は、遠くに飛んで行ってしまい、努力して、自分で取りに行かなければ、得られない。凄い労力を必要としますね。

でも、どうでしょう! 人生はこの円運動だけでありません。森の中で迷子になり、同じところをぐるぐる回っている、そんな状態だけでないんですね。

これは平面運動、つまり大地を動くようなもので、これに縦方向の動き、上昇・下降という流れが人生にはあります。つまり、螺旋階段のイメージですね。円運動(ぐるぐる回る)と上下に移動する、ぐるぐる回りながら階段を昇る・降りる行動ですね。

人生、何度も同じ過ちをし、原点に戻り、成功して、有頂天になり、羽目を外して、また原点に戻る。たとえば、オカネです。ある時は、余裕のよっちゃん、でもある時は、その日の生活費に事欠くことさえあります。人生、波瀾万丈です。

自分の人生を考える時、この”螺旋階段”をイメージしてみたらどうでしょう! その時点での自分の人生の縦方向の”人生の価値、行動原理”の位置関係を想定するのです。

10年前、5年前、3年前、1年前より、
充実しているか? 
満足しているか?
家族を幸せにしているか?
何か目標があるか?など、など

自分の人生の価値、行動原理について自問自答すると良いですね。
そして、10年前、5年前、3年前、1年前よりプラス、マイナスなのか、その程度差はどれくらいか?想定し、次への行動に生かすことですね。

若い時は、10年、5年単位で、考えても良いですが、私みたいに50代半ばでは、1年単位で考えますね。今は、昨年に比べ???

人生って、同じところを何度も通っています(上から見れば)。でも横から見れば高さの違いがあります。螺旋階段の上に行ったり、下に行ったりですね。大事なのは、自分の現在位置(高さ)を認識すること、と螺旋階段から踏み外さないことですね。
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2010年06月27日

東京スカイツリーを観て思うこと

最近、東京スカイツリーの近く(墨田区)で、仕事をする機会が多く、その際よく眺めています。現在、398mの高さになっていますね。

http://www.tokyo-skytree.jp

このタワーを見て思うのは、人間の肉体と魂の関係ですね。現在、このタワーは、真ん中は空洞で、周りを鉄骨で組み上げられています。最後に、真ん中に巨大なセメントの心柱を通します。これは、日本の古代木造建築の手法を応用したもので、たとえば、法隆寺の五重塔の構造と同じですね。

1300年以上も地震等の災害で倒れずに、現在まで残っている法隆寺の五重塔の建築技術の素晴らしさ(心柱による揺れに対する衝撃に緩和、釘を使わない木材と木材の遊びによる色々な衝撃への緩和等)の現代的な技術承継です。もちろん、コンピューター、レーザー技術などの進化の賜物ですね。

このタワーの構造が、人間で考えた場合を眺めながら考えていました。回りの鉄骨による見た目(青空に白が映えて綺麗ですね)、これが人間での飾り立てた姿(外見)です。でも、現在の建設中のタワーは、心柱がなく、大きな自然災害に弱いですね。つまり、魂が入っていない。 

現在の経済状況のような外部変化への対応に弱い一般の人間の姿に似ていますね。でも、今後タワーの中心にしっかりとした心柱ができ(魂)、自然災害に対応できる東京スカイツリーになった時、外部だけでなく、その構造自体も生命を宿し、長く東京のシンボルとして、皆に慕われるでしょう。正に、内にも、外にも強い、志の強い人間の姿(生命体)になりますね。

同様に、人間も外部だけでなく、内面の充実を図ることが重要ですね。この心柱は、根元がしっかりし、先端部分がシナル構造で、丁度、振り子を反対にしたイメージですね。つまり、以前私がこの日記で書いた振り子的人生での、しっかりした自分の人生のこころざし、価値観に基づいた生き方に、この心柱がオーバーラップしますね。

そんな思いを建設中の東京スカイツリーを見て、感じています。
 
「仏(ほとけ)作って魂(たましい)入れず」

努力して物事をほとんど成し遂げながら、もっとも肝要な一事が抜け落ちている、肝心な一点が抜けていら、完成したとは言えない、と言う事です。現代社会の色々な場面で、指摘できることですね。まずは、自分から実践しましょう!

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2010年05月16日

あるギリシャ神話から

『自分を磨く方法』(アレクサンダー・ロックハート著、Discover刊)を読んで、その"おわり"に書かれていたあるギリシャ神話が気になりましたね。

その神話とは、

かって、オリンポス山に住む神々が合い着を開き、幸せの秘訣をどこに隠せば、人間はそれを見つけたときに最も感謝するかを話し合ったという。「高い山の上がいい」「地中深くに隠そう」「深い海の底に隠すべきだ」など、さまざまな意見が出た。そのあとで、ある神が「人間の心の奥深くに隠すのが一番いい」と提案した。

この話を読んで、あなたは、どう思いましたか?

太古の昔から、人間は"幸せな人生をおくる秘訣"を探し求めて続けています。"幸せの青い鳥"ですね。でも、多くの人は、その秘訣を見つけることが出来ませんでした、また、出来ません。

それは、自分の心の奥底に隠されていることに気づかないからです。自分の外にその秘訣を追い求めていた、また、追い求めていますね。

幸せは、業績、地位や財産などの目に見えるモノの大きさでなく、自分(心の中)が豊かな気持ちでいっぱいになっているかどうかで、その価値が決まるモノですね。自己実現の満足度の度合いです。

『自分を磨く方法』の著者は、この本の最後に


幸せの原点は、心から楽しめる対象を見つけることだ。幸せは、善意、寛容、理解、愛を込めて他の人たちと調和のとれた人間関係を築くことによって育まれる。

自分に喜びと心の平和をもたらしてくれるものを決定することは、人生の幸せを手に入れるための出発点だ。自分を発見することを通じて、あなたは幸せの秘密を見つけ出すことができる。それは自分の心の奥底に隠されているのだ。

と記していますね。

これって、正に、"足るを知る"ですね。
加島祥造著『タオ(老子)』筑摩書房刊、からこの部分を引用します。


頑張り屋は外に向かってふんばって
富や名声を取ろうとするがね。
道(タオ)につながる人は、
いまの自分に満足する、そして
それを本当の富とするんだ。


つまるところ、自分の内面を観て、"幸せ”の度合いを実感することですね。

(出典:『自分を磨く方法』アレクサンダー・ロックハート著、Discover刊、『タオ(老子)』加島祥造著、筑摩書房刊より)
posted by お坊 at 15:16| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

”素直な心”とは、

ところで、”素直な心”とは、"どんな心"でしょうか? 

私もそうですが、イメージとし分かりますが、具体的に言葉で表すとなると、難しいですね。でも、かの松下幸之助は、自著『素直な心になるために』PHP研究所刊、で具体的な言葉で、"素直な心"について述べています。

これを『松下幸之助の菜根譚』の中で、著者の皆木和義氏が10か条の形でまとめています。

1.私心にとらわれない:私利私欲にとらわれることのない

2.耳を傾ける:だれに対しても何事に対しても、謙虚に耳を傾ける心

3.寛容:万物万人、一切をゆるしいれる広い寛容な心

4.実相が見える:物事のありのままの姿、本当の姿、実相というものが見える心

5.道理を知る:広い視野から物事を見て、その道理を知ることの出来る心

6.すべてに学ぶ心:すべての物事に対して学ぶ心で接し、そこから何らかの教えを得ようとする謙虚さをもった心

7.融通無碍(ゆうづうむげ):自由自在に見方、考え方を変え、よりよく対処していくことのできる融通無碍の働きのある心

8.平常心:物事に対しても、平静に、冷静に対処していくことができる心

9.価値を知る:良いものは良いと認識し、価値あるものその価値を正しく認めることができる心

10.広い愛の心:人間が本来備えている広い愛の心、慈悲の心を十二分に発揮させる心

この10ヶ条、とても分かり易く表現されており、自分のメモ帳に記して、講演・研修の時に活用しています。

また、この10ヶ条で、自分が”素直な心”の状態かどうかのチェックに使えますね。特に、物事がうまく行っていないときに、自分の心の状態を冷静に分析するなどに、また、寝る前などにも1日の反省として、そして、ぐっすり寝れるのでは?

(出典:『松下幸之助の菜根譚』著者 皆木和義、あさ出版刊より)

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2010年05月07日

老子が説く"三宝"

老子(タオ)にいわゆる「老子三宝の章」という有名な一章があります。

我に三宝あり。(持して之を保つ。) 一に曰く慈(じ)。二に曰く倹(けん)。三に曰く敢(あえ)て天下の先とならず。慈なり、故に能(よ)く勇。倹なり、故に能く広し。敢て天下の先にならず、故に能く器の長と成る。今慈を舎(す)てて且(かつ)勇に、倹を舎てて且広く、後(おく)るを舎てて先んぜば、死せん。

超訳すると、

我に三宝あり。第一に慈。第二に倹。第三に人を先にやる。世間の人間は先頭になろうとして争うが、そういうことをしない。慈愛があるから勇気が出る。

正に老子です。自然に委ねて、ゆっくりマイペースに進む、考え方を示したものですね。

”倹”とは、くだらない私心私欲に関心がないことで、それにより心にゆとりが出来、広い心が持てますね。視野が広がります。

他人と競争しなくても、自然にゆっくりと人間性が高められていきます。でも、慈愛を捨て、倹約にお構いなく、我先にあれもこれ求めることで、人間性(心の広さ、豊かさ)がなくなりますね。

今の時代、こんな人々が多いですね。自分も、何年か前はそうでしたが、

また、今の時代での矛盾、衝突、混乱、殺人、自殺などは、結局、人間の慈愛を捨て、倹を捨て、自省せずに、自分の功利に向かったせいだと思います。

こんな状態では、肉体的にも、精神的にもだんだんと、もしかして、もう既に、病的状態になっているかもしれませんね。

一度、老子思考で、他と比較せずに、自分の価値観で、マイペースに人生を進んでみたらどうでしょう。自分ももっと早くから気づけば良かったと、今、後悔してます。

自分の正しい価値観、志(こころざし)をもてるように学びましょう!


(出典:"安岡正篤一日一言"致知出版社刊より)
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2010年03月23日

「分別」という言葉

今週は、春のお彼岸ですね。それで、仏教のお話を、

よく「分別がある」という言葉を我々は使っていますね。これって良い意味で使っていると思います。道理や常識をわきまえ、善悪など物事の判断をスムーズに出来るという意味で、使われますね。

でも、仏教では違うみたいです。否定的な意味で捉えています。

空海の言葉に、

一心に安住(あんじゅう)して分別無し、内風外風(ないふうげふう)吾が耳を誑(たぶら)かす。

意味は、仏の心(悟りを得る)に到達すれば、分別がなくなり、煩悩に悩むことがなくなる。たとえ、自分の内外からのストレス、影響、変化などが在っても、心が平静でいられる、ですね。

仏教では、「煩悩は分別によって生まれる」と考えています。分別によって、自己中心的な執着が生じ、我々に苦悩をもたらすわけですね。

たとえば、「あの人ばかりが良い思いをしている」「お金持ちがうらやましい」「自分は才能がない」「自分はうまく生きていけない」、、これらはすべて分別からくる苦悩です。

自分と他を分別する(比較する)ことから苦悩、煩悩が始まりますね。また、自分で優劣・苦楽・善悪・幸不幸などのように分別して、自分をどちらかにおくことで、余計な執着や嫉妬を生み出していますね。

空海が仰るような仏の心までは行きませんが、我々凡人は、少なくとも、悩んだとき、分別の世界を忘れるようにして、ストレスなどを和らげたいですね。

また、自分が今ある状態を素直にあるがままに受け入れ(余計な考えをしない、邪心を受け入れない)、自分の思い、目の前のことに全力を尽くしましょう。後は天命に従いましょう!

”人事を尽くして、天命を待つ”ですね。

 (出典:”生き方が変わる! 空海 黄金の言葉”宮下真著、永岡書店刊より)
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2009年12月30日

”チーズはどこへ消えた?”を読んで

皆さん、もう後1日で、新年を迎えますね! 今年の反省そして、来年に向けての心意気を考えていますか? 

いえいえ、家の大掃除で、そんなこと考える余裕がないよ、と嘆いている、そこの、あなた? 反省と次への行動に役に立つ本がありますよ!!

そうです! タイトルにあげた本ですよ。”チーズはどこへ消えた?”スペンサー・ジョンソン著、扶養社刊です。この著者は、今話題の本”頂きはどこにある?”を書いた人ですね。この本については、このブログの9月11日(順境と逆境に対する、山と谷の対処法1,2)で書きました。

”チーズはどこへ消えた?”は、自分の現在の考え方、行動を見直すのに、最適な本です。つまり、この時期に丁度良い本な訳ですね。

内容は、2匹のネズミと2人の小人がチーズを求めて右往左往する話で100頁に満たない物語です。でも、動物的感と行動力の在る2匹のネズミ、頭でっかちな回りが見えない2人の小人の現在から次への行動を平易な言葉で記しています。

2匹のネズミ、2人の小人が、迷路の中で、山のようなチーズを探し当て、これからチーズを探す必要のない安定した幸せな生活を謳歌できると思っていました。が、ある日突然、その場所からチーズが無くなってしまいました。2匹のネズミは、動物感を働かせて、たえず、その場所の小さな変化を見逃しませんでした。いつかチーズが無くなることが本能で分かっていましたね。毎日、だんだんチーズが少なくなっているのに気付いていたからです。

そして、2匹のネズミは、この場所を捨てて、迷路の中を新しいチーズ探しに出かけました。そして、試行錯誤しながら、新しいチーズの在処を探し当てたのですね。まさに行動力です。

一方、2人の小人の方は、どうしたでしょう?
”チーズはどこへ消えた?”、”こんなことがあっていいわけない!”と喚き、そして、”いずれチーズは戻ってくるはずだ”と思い、今まで通り、この場所に通っていました。2人の小人は、回りの小さな変化を見ていなかったのですね。そして、また、過去の状態に戻ると思っています。新しい行動を考えようとしません。

どうですか? 今の世相と同じですね。リーマン・ショックで不景気になり、株価が下がり、また、すぐに景気回復し、株価も上がると思い、損をしても、また過去の行動を繰り返す。新しい考え方に進めない、楽な考え方、行動を採ろうとし、ダメな原因は、自分の考え方、行動とせず、他人のせいにする。

話がそれましたが、2人の小人のその後の行動ですが、一人が、自分の行動を顧みて、犯した過ちを反省して、将来の計画に生かそうと思うようになりました。このまま、じっとして何も行動を起こさずに、餓死する恐怖に怯える生活から、変化を求めて行動を起こすことを考えるようになりました。

でも、もう一方の小人は、新しい行動、冒険をしようとはせず、ただ待っているだけです。2人は別れ、1人で迷路の中の新しい探索を始め、遂に、2匹のネズミが探し求めた新しいチーズの場所を見つけたのですね。

そして、小人は、新しいチーズの在処の壁に、次の文句を書きました。

変化は起きる(チーズはつねにもっていかれ、消える)
変化を予期せよ(チーズが消えることに備えよ)
変化を探知せよ(つねにチーズの匂いをかいでいれば、古くなったのに気がつく)
変化に素早く適応せよ(振るいチーズを早くあきらめれば、それだけ早く新しいチーズを楽しむことができる)
変わろう(チーズと一緒に前進しよう)
変化を楽しもう(冒険を十分に味わい、新しいチーズの味を楽しもう!)
進んですばやく変わり、再びそれを楽しもう(チーズはつねにもっていかれる)

如何でしたか? とても示唆に富む内容だと思いませんか? 

実は、登場する2匹のネズミと2人の小人のチャラクターは、動物的感が鋭い(僅かな環境変化を嗅ぎ取る)、積極的に試行錯誤的行動をとる、反省しながら行動する(未来志向)、現状維持行動(過去の成功体験追従)の4つです。あなたは、どれに当てはまるでしょうね! 考えてみて下さい!

中国の古典では、聖人は、先見力と洞察力の2つの優れた力をもつ人と言われます。上記の寓話は、この2つの力を示していますね。僅かな変化に気付き、先を予測する力(先見力)、その変化から、自分の次なる行動を考える力(洞察力)ですね。

最後に、来年も、お互いがんばりましょう! 良い年を!!

(出典:”チーズはどこへ消えた?”スペンサー・ジョンソン著、扶養社刊より)

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2009年12月15日

偉人”西郷隆盛”の言葉

あなたは、偉人”西郷隆盛”をご存知ですか? もちろんご存知だと思いますが、

彼の残した名文句に、”人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くして、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし”、があります。私のモットーにしている言葉です。

これの意味する所は、全責任は自分にありとする謙譲の精神です。確かに天を相手にすれば、人に頼るわけも出来ず、人に頼らなければ、人を怨むことも咎(とが)めることもないですね。ただただ自分の努力の至らなさを痛感するのみです。

また、西郷さんは、江戸後期の人生指南書である言志四録”、佐藤一斎著から学んだ言葉ですね。その原文は、”凡(およ)そ事を作(な)すには、須(すべか)らく天に事(つか)うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。”です。

意味は、”仕事をする場合は、天に仕えるといった謙虚な気持ちで行うのが大事で、人に自慢しようといった気持ちがあってはならない。”ということですね。 

私は、さらに一歩進めて、自分に起こることは、すべて必然、必要なもので、ベストになるための試練だと思うようにしています。これは、私のメンターである経営コンサルタント、船井幸雄氏の言葉ですが、

たとえば、仕事、生活面で、他の人に言われる理不尽と思われる言動に対して、怒り、反発をするのではなく、一度冷静になって、自分に落ち度はなかったか反省することが大事ですね。ひとは、どうしても、他人のせいにしたがる傾向があります。それは、一番簡単な逃げ道だからです。このことは、エリヤフ・ゴールドラッド著「ザ・チョイス」ダイヤモンド社刊、に記されていましたね。

つまり、天は、何かを通して、我々にメッセージを送っています、そして、そのことに気づいてもらいたい。それでダメなら、病気、その他の本人に気づかせるべき現象を発生させているような気がします。また、そのように謙虚な気持ちで人生を過ごせば、良いのではないでしょうか?

私の好きな言葉に”神は、乗り越えられない試練を与えない”があります。常に、人生には、試練が押し寄せてきます。それに向かって、身の丈に合った努力をしましょう。”当(A)たり前なことを、ば(Ba)かみたいに、ちゃ(Cha)んと、やって行きましょう”、ABCですね。すべて自分のためです。”人事を尽くして、天命を待つ”ですね。

でも、こんな謙虚な気持ちになってきたのは、正直50歳を過ぎてからですね。それまでは、他人のせいにしていました。でも、この数年で考えが変わりました。それは、中国の古典、特に”菜根譚(さいこんたん)”、や日本の”言志四録”などの古典を読み始めてからですね。それまでは、欧米のビジネス書一辺倒でした。勝つか負けるかの競争戦略に関心がありましたので、

あなたも、書店に並んでいる薄っぺらなビジネス書(というよりノウハウ本)などよりも、精神的な古典を読みましょう! 人生の視点が変わりますよ。

(出典:”言志四録”佐藤一斎著、岬龍一郎編訳、PHP刊より)
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2009年09月16日

「五輪の書」について

あなたは、「五輪の書」をご存知ですか? この書は、江戸時代初期の”剣の達人”宮本武蔵が晩年に書いたものですね。

私は、この本が好きで、若い頃、これに関する本を結構読みました。その頃は、自分が武道をやっており、強くなりたいがために、読んでいました。最近、再度読み出してみて、感じることは、「五輪の書」は、人生をどう生きるか、そして、日々の仕事などの悩みを解決してくれる、”人生の指南書”だと思うようになりました。

今の混沌とした時代は、武蔵が生きた時代に似ています。今の時代は、中央集権から地方分権に変わろうとしていますね。今日がその転換時点かもしれません。民主党政権の誕生ですからね。
でも、そこには、今まで以上に”個の能力”が必要になります。反対に、武蔵の生きた時代は、地方の豪族、大名による分割支配から、徳川の天下統一に至る転換時期でした。2つの時代は、お互い逆行していますが、価値転換の時代では、似ていますね。
個の時代 <->組織の時代

武蔵は剣の強さに憧れ、「個人の能力」を鍛えに鍛えたが、時代は関が原の戦いの後、徳川の天下となり、組織を重視したものとなり、戦いの日々から平和な時代への転換時期でした。個の価値がそれほど認められず、ましてや剣の世界では、徳川家の政策により、徳川家に仕えた柳生流以外、認められませんでしたね。”日本一の剣の達人”である、武蔵は、後年、どこにも仕官せず、晩年は、孤独に生きました。そして、この「五輪の書」を2年の歳月を掛けて書いたのですね。

したがって、この書には、"組織への個の戦い"という、1本の筋の通った志(こころざし)が貫かれています。これからの時代に必要な「個の力」を養成するのに良い本なわけですね。皆さんも、解説書でよいですから、「五輪の書」を読んでみましょう。そして、その後にできれば、講談社学術文庫での鎌田茂雄全訳注「五輪書」を読んで見ましょうよ!

「五輪の書」は、5つの巻から成り立っています。だから五輪の書ですね。地、水、火、風、空の5つです。

1.地の巻・序文:2年の歳月を費やして五輪の書を書き上げましたが、この序文に五輪の書の成り立ちについて書かれています。

2.地の巻: 五輪の書の兵法の理論的根拠を論じています。理想的な兵法者とは何か、兵法の道を鍛錬で身に付けるよ、と説いています。

3.水の巻: 武蔵が二天一流と名付けた理由、二天一流の太刀筋の大略を論じています。武蔵の振り下ろす太刀の下は地獄でした。

4.火の巻: 二天一流と他諸流との技法と心法上の相違を論じテいます。一人で大勢と戦って勝つ兵法です。

5.風の巻: 兵法では、自分の太刀だけを考えていては敗れてしまいます。他の諸流について学んでおいて、初めて、どんな場合でも勝てる太刀となります。

6.空の巻: 武蔵の人生哲学ですね。

結局、武蔵の言いたいことは、”自分の道は、自分で開拓する”ということですね。

これからの時代、人、組織などに依存した生き方は、困難になって行くでしょう! 自分のことは、自分で、そして、余力で、他の人に手を差し出す、そんな生き方をしたいものですね!

(出典:”ポケット図解「五輪の書」がよ〜くわかる本”廣川 州伸著、秀和システム刊より)
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2009年07月24日

稲盛和夫の人生の成功方程式

京セラ名誉会長の稲盛和夫氏が提唱する「人生の成功方程式」をご存知ですか?

それは、人生の成功方程式=考え方 x 熱意 x 能力 です。つまり、人生の成功の3要素は、「人格・理念」、「努力」、「能力」だと、稲盛氏は考えていますね。

私は、稲盛和夫氏の考え方が好きで、今までかなりの著作を読んでいますが、その根本は、上記の人生の成功方程式ですね。

「考え方」は、「人格・理念」で、これが3要素の中で最も重要です。これにはベクトル(方向性で、正と負の方向性がある)があり、−100点から+100点で表します。なぜなら、能力が高く激しい情熱を持った人でも、その人が自己中心的で集団や個人に損をさせ自己の利益優先となったり、また、その考えが反動的、反社会的であれば、その人の人生は、大きな負になりますね。そして、これらの考え・行動は、社会に対して、また、他の人たちに対して、大きな損害を与えるためですね。

たとえば、日本の官僚です。入省するときは、自分の夢、大志があったでしょうが、省内の既得権厳守の組織文化や体制に染まり、変わっていくのでしょう。「人格・理念」が、プラスからマイナスに変化していくのですね。これなどは、ベクトルの変化(悪い方向へ)です。または、個人的なモラル・ハザードかもしれませんね。

「熱意」は、「努力」ですね。無為徒食して何ら為す事をしない怠け者から、吾を忘れて仕事に没頭する人までいますから、0点から100点と表します。この努力は、先天的なものでなく、自分の意志で改善、向上できますね。

「能力」ですが、稲盛氏によれば、主に先天的な知力と体力(健康・運動能力など)を指しますが、天賦の条件である以上自分では如何することも出来ない。個人差があるので、0点から100点で表します。

でも、私は、この能力部分については、疑問を持ちますね。前回の多重知能で記しましたが、この能力は7つあり、これを測ることは、難しいし、各人の特性に応じたバランスのとれた能力の組み合わせによる総合力です。それ故、先天的なものよりも、後天的なモノのような気がします。確かに、1つ1つの能力は、先天的なモノでしょうが、そのバランスのとれた7つの能力(知能)の組み合わせは、後天的に創出されるものだからですね。

とは言え、後天的な7つの能力の組み合わせの統合力は、人生の方程式には絶対必要ですね。

また、稲盛氏は、

ある天賦の聡明さと健康を持つ人がいて、その「能力」には90点をつけたとする。しかしその人は自らの聡明さにかまけて進んで何かをしようとしないので「努力」には30点しかつけられない。そして2つの合計は90x30=2700点となる。またもう一方の人は天賦の才は劣っているので「能力」は60点だけだが、しかし能力が劣る分早めに取り掛かり、かつ非常に勤勉であるため「努力」には90点がつけられる。そうするとこの人の合計は60x90=5400点で、後者の得点は前者の倍となる。

つまり、天賦の素質が波でも必死に努力する人は、天賦の才がすぐれていても努力しようとしない人よりも圧倒的に大きな業績を上げられるし、われわれの周りにはこのような人がたくさんいるのである。

と述べています。でも、先ほど記したように、この2つの要素に「人格・理念」を乗じますから、そして、この「人格・理念」は正負ありますので、その結果は、怖いですね。つまり、稲盛氏も言ってるように、最も重要な成功の要素である「人格・理念」を我々は、まず育成する必要がありますね。そして、「努力」と「能力」の向上です。そうするには、人生の志(こころざし)をもつことですね。

(出典:”稲盛和夫の人生の方程式”曹 岫雲(そう・しゅううん)著、サンマーク出版刊より)
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2009年07月23日

7つの知能について

人間は、誰でも独自に組み合わされた7つの知能を持っており、それを活用して、世界と関わり、目的を遂げようとします。この理論を「多重知能の理論」と言い、ハーバード大学の心理学者、ハワード・ガートナーが20年以上前に提唱したものです。そして、これらの多種多様な知能の多くは。IQテスト、いわゆる知能テスト、では測れないものです。最近は、感情を測るEQテストがありますけど、

ガートナーの理論によると、この「多重知能」には、一般的な学校教育で尊重されてきたもの2つ、普通、芸術と関連付けられたもの3つ、それ以外の「個人的知能」と彼が命名したもの2つの、7つがあります。

1.言語的知能: 
言語理解力、言語学習能力、目標達成のために言語を使う能力などです。たとえば、説得や話のうまい人、ユーモアを巧に使える人は、この能力が高いですね。当然、作家、詩人、ジャーナリスト、弁護士、政治家などに能力の高い人が多いですね。

2.論理的数学的知能:
問題を分析して数学的な操作を行う能力、科学的な方法で問題に取り組む能力です。つまり、色々な現象を、数学を使って(数字に置き換えて)、定量的に分析できる能力ですね。科学者、数学者、エンジニアなどに能力の高い人が多いですね。

3.音楽的知能:
音声やリズムや音楽パターンを考える能力です。そして、絶対音感でしょうね。また、さまざまなパターンの音楽の演奏、作曲、鑑賞などのスキルも含まれるそうです。この知能を活用する職業は、当然、音楽家、歌手、作曲家、音楽評論家などですね。

4.身体運動的知能:
複雑な身体の動きを制御し調整する能力や身体の動きで自己表現する能力です。ボディー・ランゲージ、パントマイム、演技などのほか、どんなスポーツにもこの知能が必要ですね。この知能を活用できる職業は、スポーツ選手、ダンサー、俳優、手品師などです。また、動作のバランスと協調が命にかかわる消防士、自衛隊員などの職業にも必要な知能ですね。

5.空間的知能:
空間の中の対象物を正確に知覚する能力、「ものの正しい配置」を認識する能力です。方向感覚の優れた人が持つ知能もその一つですね。彫刻家、建築家や航海し、インテリア・デザイナーなどにこの種の高い知能が要求されます。

6.対人的知能:
他人の目的、モチベーション、欲求などを理解する能力で、人間関係構築に役立ちます。当然、教育者、セールスマン、カウンセラーなどにこの種の高い知能が要求されますね。

7.内政的知能:
自己を理解し、自分の感情とモチベーションに対する意識を高める能力です。この知能により現実に即した自分らしい生き方を見つけ、あるいは創出して、自分のライフスタイルとして、日々を過ごして行けますね。

以上7つの知能ですが、最初の2つ、言語的知能と論理的数学的知能は、IQテストで測定可能ですが、残り5つの知能については、測定できませんね。それ故、この2つの知能が学校等で尊重されて、その能力向上重視の教育をしています。たとえば、国語、特に、作文、そして数学等です。つまり、読み、書き、そろばん(古いですね、つまり計算力ですね)の小学校低学年からずっと続く教育ですね。

でも、どうでしょう!本当に教育すべきことは、各個人に合った7つの知能の組み合わせを考え、その総合的な能力向上を図るべきではないでしょうかね。たとえば、プロ野球選手、その身体運動的知能は優れていますが、それ以外の知能が一般的に、欠如している選手も多いようですね。知能の組み合わせバランスが必要に思います。

これからの時代、特に必要な知能は、最後の内政的知能ですね。これにより、”人生の志(こころざし)”を模索、見つけて、長期の持続可能なモチベーションを創出することですね。そして、各人の特性に合った知能の向上を図り、自分のライフスタイル似合った人生を過ごしていくことです。

そのためにも、これらの各個人の特性を重視したバランスのとれた7つの知能向上を図ることですね。特に、次世代を担う若い人たちには、
posted by お坊 at 00:19| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

自分の人生の青い鳥?

最近、自分の事務所開設準備で忙しくなり、昔ほど、本が読めなくなっています。結構、疲れ気味ですね。皆さんは、体調は如何ですか?

ところで、このブログも今回で、ちょうど100回となりました。うれしいですね!で、今回は、人生の自分の夢、したいこと、つまり、心理学でいう、”自我の欲求”から”自己実現”へのプロセスについて、話したいと思います。

心理学に、マズローの欲求5段階説という理論があります。人間は、下から順に欲求があり、段階を踏んで、その欲求を満足して行き、最終段階として”自己実現”へと至ります。それを5段階で説明した理論がマズローの欲求5段階説ですね。もちろん、提唱したのは、アブラハム・マズローで、人間性心理学の創始者です。

その説に従うと、人間は、まず生理的欲求、つまり、食べたり、寝たりなどの人間が本来持っている欲求を満たすことですね、が、次に、この生理的欲求を毎日継続して満たされるようにとの欲求、安全の欲求が出てきます。当然ですね。今の時代でも、突然、会社を解雇され、就職も、そして、 寝る場所もなくなってしまった派遣社員の欲求ですね。

そして、安定した生活が送れると、つまり、安全の欲求が満たされると、今度は、仲間、同僚、結婚相手が欲しくなって来ます。人間は、1人では生きられませんからね。コミュニケーションが必要になります。最近は、四六時中、コミュニケーションしていますが、これは、携帯電話の普及によるものですが、如何なものでしょうね。電車の中での、携帯電話と向かい合って姿勢のなんと多いこと?このような欲求を社会的欲求、または、所属と愛の欲求と言います。後の方がわかりやすいですね。

さらに、社会の中で働いたり、生活してくると、自分が目立ちたい、支配したい、好きなようにやりたいなどの自我(エゴ)が芽生えてきます。この欲求を尊厳の要求、または、自我(エゴ)の欲求と言います。これは、わかりますよね。会社の中で、年月が経ち、地位も上がると、部下を支配したり、自分の戦略を実行したくなりますよね。自然な欲求です。

でもね、ここからが、人間力が必要になってくる段階なんです。なぜなら、自我の欲求は、自分よがりで、周りに共感を得られない場合が多いからですね。そこで、満足している人も、確かにいますが、本人にしては、つまらないと思いますよ。回りの共感を得るためにお金を使う人もいます。でも、お金がなくなると同時に、おさらばです。”金の切れ目は、縁の切れ目”とよく言いますよね。

そこで、人間は本当の自分を見つめるようになるのです。つまり、自分の青い鳥を探し始めるのです。この欲求を自己実現の欲求といい、一番レベルの高い欲求です。論語に、”吾(われ)、十有五にして学を志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。云々”という言葉があるように、志を持って人生を送り始めて、人生の目的に迷うようになり。そして、その解決を求めて人生を送り、漸く自分の進むべき道がわかり始めますね。私も、50歳で、会社を辞めて、3年掛かって、漸く自分の進むべき道がわかりましたね。そのお陰で、このブログも始めましたが、最近、とても充実してますね。

ここが大事です。人生としての自分の進むべき道を見つけることですね。これが、自我の欲求から自己実現へのプロセス(考え方の転換手順)です。このために必要になるのが、情熱(パッション)、能力、価値ですね。情熱は、自分の内なる思いの強さです。”自分の一生の中で、何かしたい、やり遂げたい”という思いが湧き上がってきます。そのためには、自分の内なる声を聞く必要がなりますね。普段の忙しい意毎日から逃れて、自然の中で思索するのが良いと思います。あるいは、早朝の散歩しながら考えること、座禅をすることも良いですね。

情熱が出てくれば、目的に向かって、自分から積極的に、能力向上に努めるようになります。たとえば、三浦雄一郎さんですね。高齢でのエベレスト登頂を目指して、毎日のハードな肉体トレーニングをしていました。まさに、エベレスト登頂という、情熱がもたらしていましたね。

このように能力向上に努力していると、自分に対する見る周りの目が変わってきます。最初は、”何やっているのかな?”という疑いの目?、そして、だんだん好奇心の目に変わって行きます。これが、他人の共感ですね。これにより、自分の価値を認められるようになる。さらに良いことは、この他人に認められることで、自分も喜びを感じるようになり、よりがんばるという好循環が生まれます。このような好循環のスパイラルに入ると、ますます自己実現に近づきますね。

このプロセスが、人間にとって重要なことではないでしょうか!そして、自己実現を追及、つまり、人生の青い鳥をさがしながら、人生を終えることの喜びは、どんなものでしょうか!でも、やっぱり、実現して終えたいですが、また次の青い鳥を探すでしょうね。

最後に、100回を終えた後に、自分がしたいこと(自己実現の欲求)を本格的に開始しようと思っていたことがあります。それは、全国の次世代のビジネスパーソン(何らかの仕事に携わっている方々)にローコストで、独力で、仕事をしながら、人間力を含めたビジネススキルを育成するための支援事業を立ち上げることです。そのための準備で、現在忙しいのですが、

双方向での学習支援で、これにより次世代の若い人(30代から40台の仕事経験のある人)向けに、基本的な考え方を学んでいただき、普段の日々の行動を通して、実践的に応用してもらう形です。必要なものは、安価な費用とPC(インターネットに接続された)ですね。個別通信は、スカイプでのテレビ電話を考えています。詳細は、後日発表します。費用については、その10+%を貯えて、全国でのセミナー、勉強会の費用に充てたいと考えています。ぜひ、みなさんにも、ご協力お願いします。
posted by お坊 at 23:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

ネイティヴアメリカンの教え

あなたは、自分のことをどのくらい知っていますか?

わたしは、まだ、自分の限界を知りません。やりたいことが一杯あり、まだ、追求しています。多分、一生難しいと思います。死ぬ瞬間には分かりたいですが、

3月に入り、公私とも忙しくなり、このブログ更新も、ままならない状態ですが、昨日、久々に読書する時間ができ、数冊の読もうとしていた積読本のある1冊を読んでいて、
ネイティヴアメリカンの伝説が出ていました。そこに、良いたとえ話があり、とても人生の真理を突いているなと思いました。それを抜粋します。

ある日、神様がすべての動物を集めておっしゃいました。「私には、ふさわしい時が来るまで人間から隠したいものがある。それは、人間は自分だけの現実を作り出している、ということだ」

「私にお預け下さい。月へ持って行ってしまいましょう」ワシが言いました。
「いや、人間はそのうち月まで行って見つけてしまうだろう」

「海の底はどうでしょう」とサケが言いました。
「だめだ、そこでも見つけてしまう」

「大平原に埋めてしまいましょう」とバッファローが言いました。
「すぐに掘り起こして見つけてしまうだろう」

「人間の内側に入れるのはどうでしょう」と賢いばあさんモグラが言いました。
「それがいい」と神様がおっしゃいました。「そこなら絶対に探さないだろう」
(ネイティヴアメリカンの伝説より)

まさに、真理ですね。自分を含めて、自分で自分をなかなか深堀できませんね。私が、提唱する人間力とは、この自分探しとその自分の外部への発信、外部との共存です。(ブログ2月23日を参照下さい) 

人間の興味は、外部に対しては、広がりますし、会社や学校等で、広げさせられます。でも、自分の内面を観察するのは、自分で強制しないと出来ませんね。もちろん、強制させる環境を提供する施設もありますが、たとえば、四国のお遍路さんなどですね。 

大事なのは、「自分は何をしたいのか」、「自分は何をできるのか」、「自分は何をすべきか」ということを自分に問いてみるべきですね。それで、現在から10年後を想定して、行動を開始したらよいと思います。毎日、惰性で生きるのはやめにしましょう!! 

自分の内面からの声を聞きましょう!!
世界的な禅学者、鈴木大拙の言葉に、「外に広く、内に深く」がありますね。
posted by お坊 at 04:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

求めない?

昨夜は、久しぶりに夜中1時間近く天文用の双眼鏡で、今話題のルーリン彗星を観ていました。たまたま、夜半は快晴で、昼間の氷雨で黄砂などが一掃され、観測日よりでした。昨夜は、土星のそばにルーリン彗星はいましたが、肉眼では見えませんでした。都会の光がじゃまですね。

私は、昔から天文が好きで、那須高原に個人の天文台を持つのが夢のひとつですが、このルーリン彗星ですが、今度太陽に接近するのは、1万年後だそうです。その時、人類は生存しているのでしょうかね。夜の星を観ながら、人間の一生なんて、ちっぽけなものなんだなあ、と思いながら、日々の忙しさを一時忘れさせてくれました。

私は、しし座、双子座流星群とか、話題に上る時くらいしか、最近は、夜空の星をじっくり観ませんが、あなたも、たまには、星空を観るのも、いいですよ。心が安らぎます。

で、星を観ながら、加島祥造著の詩集、「求めない」の中で、私が好きな一編を思い出しました。その部分を抜き出します。(「求めない」小学館 P.155-156より抜粋 ) 

求める自分と求めない自分がいるーー
求めない自分は
自我を見ている別の自分だ。

自我の無い自分は下にいて
上にいる自分に囁くーー
「求めるな」とね。
でもその声は
上にいる自分には
なかなか聞き取れないんだ。

そいつは上にいて、
外をむいていて
外からくるひとや光景や騒音に
気を取られてるからね、
下からの声は聞こえないんだ。

だから、たまには、
下にいる自分が
上にいる自分を
突っつくといいんだ、
その肉づきのいいお尻をねーー

この詩は、自我の欲求のために外部への行動を行う自分と、そうじゃなく自己の充実を図る自分との2面性を謳ったもの、と私は解釈しています。以前ブログに書いた、人間の欲求には5段階あり(マズロー5段階説)、一番上の高尚なものが、自己実現(夢の実現などの内面の充実)で、2番目が、自我の欲求でしたね。つまり、この詩のテーマは、自我か、自己実現かの葛藤ですね。

”人間なんて、高々100年の人生、ちっぽけなもので、あまり欲を稼かず、自分本来の夢、使命の達成に励みましょうよ”、そんな響きが夜空の星から囁かれているように感じられました。

昨今、欲をかき過ぎて、結局失敗しているひとが多いですね。自分の内なる声に耳を傾けて、自己実現の欲求を感じ取りましょう。あまり、自我の欲求を求めずに!!

posted by お坊 at 00:29| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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