2010年04月23日

人生の意味

時々人生って、何だろう?と思うことがあります。50代の半ばとなり、自分の人生を悔いるのでしょうね。

こんなとき、自分のノートに記した言葉を見返します。それは西郷隆盛の書き残した言葉と佐藤一斎の「言志四録」の言葉です。

彼が、沖永良部島に島流しになったときに、佐藤一斎の「言志四録」をぼろぼろになるまで読み、そこから101条を選び出したものが「西郷南洲遺訓」と呼ばれるものです。

その最初の四か条が人生の意味について、どう考えるかに焦点を当てたものですね。私が気に入っている言葉です。

1.人の価値は、どれだけ人のために生きているのか
2.地位や名誉、そして見せかけの成功にまどわされてはいけない
3.情(人への思いやり)が宇宙万物を一体とさせている
4.何事も人を相手にするのではなく、天を相手にして取り組め

この四か条を見返すごとに自分の戒めになります。50歳までの自分の人生を振り返ると、この四か条の反対のことをしていたように思います。

また佐藤一斎の「言志四録」にこんな言葉があります。

「一燈を堤げて暗夜を行く。暗夜を憂ふること勿れ。只だ一燈を頼め」(言志晩録13条)

意味は”凡人の常として、人は自分を問題にせず、他人や環境を問題にしがちだ。しかし、暗夜で頼みになるものは、ただ己の提灯(ちょうちん)だけだ。それさえあれば、もはや暗夜は心配するに及ばない。”ですね。

つまり、他人や環境(資産や職場環境など)に問題の起因を求めても解決しない。自分自身の問題として考え、改善、向上を図るのが大事だ、と言っています。

自分の頭で考え、行動することで、初めて周りの人達の助けなどが得られますね。また、自分に強い信念、志(こころざし)をもてば、その先がどうあれ、自信を持って前に進めるではありませんか!

そして「言志四録」の著者 佐藤一斎は、

「人間のレベルを決めるものは、結局のところ志だ」と言っています。

正にその通りです。人間が詩を立てるということは、自分の心の中のローソク(心の灯火)に火を点ずることで、これからの人生の道に光を灯し、行くべき道が分かりますね。

上記の言葉を肝に銘じて毎日を生きて行くようにしています。皆さんも、自分の志(こころざし)持っていますか?

(出典:"下坐に生きる"神渡良平著、致知出版社刊より)
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2010年04月22日

振り子から考える人生の生き方

昨日に続き、"振り子"の話です。

我々凡人は、振り子球(自分)が天や色々な人のおかげで生きている、それは、振り子の糸ようなモノですね。

左右に振れると原点に戻してくれる、見えない力、周りの力の総合力です。

ところが、人間は、色んなことで有頂天になると、この力を忘れ、自分一人で成し遂げた気持ちになり易いです。この例は、数えきれないくらいありますね。そして、周りの意見や内なる声を無視して、イケイケドンドンの行動をとります。そして、破滅に向かう場合が多いですね。

これは、丁度振り子で言えば、繋がっている糸を自分からはさみで切るようなものですね。すると、振り子球(自分)は、あらぬ方向に行ってしまい、救いの手(振り子の糸)に掴むことが出来ません。つまり、誰も救いの手を出すことが出来なくなります。


こんなイメージが、今の時代を表すものだと思いますね。

皆さんも、見えない力、周りの助け、という総合力を認識しましょうね。大事なことですよ。感謝の心を忘れずに!!



posted by お坊 at 09:45| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

"中庸"という考え方

あんたは、"中庸"という考え方を説明できますか? なかなか難しいですね。

でも、ある本からヒントを得て、私はこう理解しました。

振り子のイメージを考えてみて下さい。ある程度力を入れて、振り子を振らすと、左右に振れますね。その時の原点、振り子の速度が一番早い点、何も力を入れないと停止する点です。これが"中庸"のイメージだと理解しています。

人生、振り子のように、自分だけでなく、周りの影響で、左右に振れますね。若い内はその振れが大きいが、年を取る毎に小さくなって行きます。 

でも、常に、原点を意識して、戻るところを考えるのです。どんなに大きく振れても、必ず原点に戻ります。この原点が正しい価値観だと思います。これが私の考える"中庸"のイメージですね。

そして、振り子は、この原点を通るとき最大スピードです。常に前もって考えないと、通過点が分かりませんね。この前もって考える(ポジティブ思考)のが、哲学(正しい考え方)だと思いますよ。

人生をある程度過ぎると、この振り子の左右への振りがだんだん小さくなり、原点近くで静止するようになります。また、そうしたいですね、

そのためには、振り子を動かす主体が、天の力と思い、気負った力を抜くことです。つまり、最善を尽くすが、後は、余分な力を入れずに、自然に任すことですね。

身の丈にあった力を出して、遣り過ぎないこと、そして、常に原点を意識して、振れの範囲を考えて、行動することだと思います。

最後に、ある本とは、"人生の原理"小宮一慶著、サンマーク出版刊ですね。良い本ですよ。人生の生き方の原理・原則が書かれています。


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2010年04月10日

「一燈照隅、万燈照国」という言葉

私の好きな東洋思想の大家、安岡正篤(やすおか まさひろ)の言葉です。また彼の生涯を貫く信条でもありました。

この言葉を自戒の言葉の一つにしています。

物事や自己の改革を目指す時、必ず陥る「無力感」というものがあります。この内なる無力感がいかなる難敵にも増して強敵です。

「大勢の中で。何の力もない自分が独りがんばってみても、多勢に無勢、何の影響力もない。結局は、長いものに巻かれるしかない」そんな無力感ですね。

こんな無力感、ぼやきに対して、安岡正篤は言っています。

「一隅を照らそうと決意した者がまずやらなければならないことはこの内なる無力感と戦うことだ。これと闘い、克服して、自分の持ち場や責任分担において、一隅を照らすようになったとき、引き上げられて、より広い範囲で、より多くの人とともに仕事をするようになる。しかし、すべての始まりは、自分の足下の責任分担から始まるのだ」

この言葉は、とても重要な示唆を含んでいますね。自分が先陣を切って、改革を押し進める。たとえ、その一歩が小さくとも、バカみたいに、当たり前のことを、ちゃんとやり続けると、周りの人が、協力してくれるようになる。そして、大きなうねりになって行く。

現状を嘆くのではなく、その状態になっていることに責任を感じ、それの改善、改革のための不退転の闘いをすることですね。

安岡正篤が私淑した中国の思想家、王陽明(陽明学の創始者)の言葉に「山中の賊を破るのは易く、心中の賊を破るは難し」がありますが、正にその通りです。

もっとも難しいのは、自分の弱さとの闘いです。このことを肝に銘じたいですね。

(出典:"「宇宙と人生」安岡正篤"神渡良平著、佼成出版社刊より)


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2010年04月09日

良寛の詩が教えてくれるもの

私の好きな漢詩の一つに良寛(江戸時代の僧侶)のものがあります。

静夜 草庵の裏(うら)
独り奏す 没絃琴(もつげんきん)
調べは風雲に入りて絶え
声は流水に和して深し
洋々 渓谷に盈(み)ち
颯々 山林を度(わた)る
耳聾漢(じろうかん)に非(あら)ざるよりは
誰か聞かん 希声(きせい)の音を

静かな夜がしんしんと再けていき、貧しい草庵の内で私は独り、絃のない
琴の調べに聴き入っている。その妙なる調べは風雲に入り、せせらぎの
音と調和し、広々と渓谷に満ち、颯爽(さっそう)として山林を渡っている。
それは私が奏でている音楽なのか、それとも自然が奏でている音楽なのか、私にも定かにわからない。いずれにしても、世間の雑音には耳を傾けない者でなければ、この妙なる音楽は聴こえまい。

良寛のこの詩は、現代人が忘れかけているものを教えてくれていますね。

自分が、ビジネスパーソンとして、無我夢中で仕事に邁進していたときには、味わえなかった自然の音が、最近聞こえるようになったみたいです。まあ、年をとったせいかもしれませんね!

あなたも日常の忙しさから一歩抜け出して、自然の妙なる音を聴いてみませんか?
きっと身も心も癒されますよ!

風定まってはな猶(なお)落ち
鳥啼いて山更に幽(しずか)なり
観音の妙智力(みょうちりき)よ
咄(とつ)

咄(とつ)とはものごとがあまりにも真に迫っているので驚いて発する声のことですね。

風は止んでいるのに、また花びらが落ちてくる。あ、鳥が啼いた。何だか深山幽谷にいるようで、かえって山の静けさに気づかされた。ああ、一切をはぐくんでいる観音の妙智力よ(自然の力)。すべては一つのいのちから発していたのだ。

静寂は私たちの繊細な感覚(人間が本来持っている感覚)を蘇らせてくれます。そして本来のやさしい心に戻してくれますね。

(出典:”安岡正篤「宇宙と人生」”神渡良平著、佼成出版社刊より)


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2010年04月08日

米国の金融危機後のビジネス教育

4月3日(土)の日経新聞に、上記の記事が掲載されていました。

この記事は、金融危機後の米国のビジネススクールでの教育方法について述べたのもです。

ジョンズ・ポプキンス大経営大学院院長、ヤシュ・グプタ氏のコメントです。

「これまでのビジネス教育の主眼はスキル(技術)を教えることだった。利益の最大化という目標の実現へ、マーケティングやヘッジファンド投資など、”道具”の使い方を教えてきた。これらの道具は繰り返し使える。学ぶのも簡単だ。しかし、スキルを教えるだけでは、新しい経済秩序を生き抜く人材は育たないことがはっきりした。」

「人とどう交渉するか、部下をどう鼓舞するか、逆境下でどう決断するか。これらは同じ道具を使い回すことはできない。柔軟な対応が必要だ、そのためにビジネススクールには、スキルと同時にフィロソフィー(哲学)を教える必要が出てきている。」

米国も、今回の金融危機の原因を顧みて、反省し、スキルだけでなく、その前提としての哲学(より上位の人間性、倫理観)を求め始めましたね。

人の行動には、感情(右脳的)と思考(左脳的)の両方が必要であり、両方が「これで正しい」と思って初めて行動に出るわけですね。

でも、今までの教育では、この「これで正しい」という価値観の教育がおろそかになっていました。上記でわかるように、「正しい」というのは、当事者利益の最大化であり、社会が良くなる、皆が豊かになるではないのですね。

これからの時代、日本人が、江戸時代まで備わっていた道徳観が、あえて言えば、私の故郷の会津精神(会津シコン)が求められており、それに欧米流の思考法が融合された、新しい考え方が模索されていますね。

そんな感想をこの記事を見て思いました。

私自身、4年前に17年間勤務した外資系半導体を辞めたくなった理由がこれでした。会社は利益追求に走り過ぎており、よく考えると、自分の幸せは???

(出典:4月3日 日経新聞9面より)
posted by お坊 at 23:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

石田光成のホスピタリティ

昨日、「ディズニーランドの心に響く接客サービス」を読んで、とても印象に残ったことがあります。

それは、”ホスピタリティとは何か”を示す逸話としての石田光成の話です。

昔、鷹狩に出かけた豊臣秀吉が、ある寺で喉を潤すためのお茶を頼むと、1杯目にはぬるめのお茶が大きな茶碗にたっぷり入ってきた。

秀吉がそれを飲みほして「もう一服」と言うと、今度はやや熱く、少し濃い目のお茶が出てきた。

これを飲みほして「もう一服」と言うと、最後に小さな茶碗に香りの利いた熱く煮えたぎった濃いお茶が出てきた。

この逸話は、喉の乾きを潤すためのお茶から、茶の香りを味わうためのお茶へと、秀吉のその時の状態、気分に合わせて最適なお茶を出す、という「相手を思う心」、つまり、「ホスピタリティ」を意味していますね。

また、この「ホスピタリティ」の実践が、ディズニーランドの接客力、集客力を生む原動力になっているのです。そういえば、「加賀屋」の繁盛も同様でしたね。

そして、画一的なマニュアルサービスの対極であり、対等な関係での相手への思いあい、いたわりあい、もてなしあう人間関係がベースになっています。

「サービス」は、ラテン語のservus(奴隷)を語源としていて、サービスを提供する奴隷とそれを受ける主人との主従関係に基づく考え方がベースにありますね。

一方、「ホスピタリティ」はHospics(客人等の保護)から来ていますね。これは対等な関係にある人間同士で、もてない合う、喜び合うという意味です。

でも、日本人は、もともと、相手を思う心、いたわる心を持っていますね。特に「サービス」という西洋から入ってきた言葉は、本来、日本人にはフィットしないような気がします。何でもかんでも、”xxサービス””サービスxx”という言葉の氾濫です。

でも、現代は、違ってきていますよね。本来の日本人の心を思い出して欲しいですね。利他主義です。

(出典:「ディズニーランドの心に響く接客サービス」草地 真著、ぱる出版刊より)
posted by お坊 at 02:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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